Vol.6
本質の美を求めて。
内面から輝く秘訣をうかがいます。
香老舗『松栄堂』主人・畑 正高さん
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香老舗『松栄堂』主人・畑 正高さん
目に見えなくても心の奥に届き深く記憶に刻まれる。
中国から素材が持ち込まれ、日本に「香」の文化が伝えられたのは、今から1400年ほど前。それから長い年月を経て、香の文化は育まれてきました。私たちを魅了する香について、松栄堂主人の畑さんにうかがいました。
日本人は、香をどのように楽しんできたのでしょうか。まずは、香の歴史について教えてください。
「香の原料である沈香(ぢんこう)や白檀(びゃくだん)などは国内で採取できないため、昔も今も変わらず、とても貴重なものなんですよ。だからこそ先人たちは、どんな空間の中で、そのかけがえのない香料を焚くかということに思いを巡らせました。海を越えて伝わった香料と、“和の心”が融合し、その結果として確立されたのが香の文化です。平安時代には貴族の間で楽しまれていた香は、江戸時代になると一般にも普及。現代では、多くの人が気軽に香を楽しんでいらっしゃいます」
日本の歴史の中で、香は人々の心と融合しながら独自の文化を作り上げていったのですね。日常の中だけでなく、旅館や料亭などでも香がおもてなしのひとつとして使われていることがありますが、非日常の世界に誘ってくれるような効果がありますね。
「目には見えないものですが、香りはお客様の心に届き、くつろぎの時間を演出してくれます。おもてなしというのは形式ではなく、もてなす側の心の在り方ですから。『何かをしてあげる』という意識ではなく、相手のことを思いやりながら、季節に合わせて花や掛け軸を飾り、打ち水をして空間を設える。そのひとつとして香が用いられているのです」
香りに気づく感性を磨き豊かな人生を。
それはとてもさりげないおもてなしですね。思いやりの心で整えられた空間では、心底リラックスできそうです。
「香りは、現実から気持ちを切り替えてくれる不思議な力があります。ストレスを感じた時に、心身をリラックスさせることもできますし、落ち込んだ時に、気持ちを上向きにしてくれる効果もあります。そんな香りの魅力を、ぜひ感じてほしいです」
香りとは、不思議な魅力に満ちていますね。化粧品にも、香りにこだわったものが多くあります。香りのパワーが、お客様の心に届き、「きれいになりたい」という気持ちを高めてくれるんです。
「それはすばらしいことですね。いろいろな場面で、香りの可能性を活用してもらいたいものです。そのためには、常にさまざまな香りに触れ、嗅覚を研ぎ澄ましておくことが大切です。常にいくつかの香りを使い分けていると、香りに敏感になり、花の匂いなど繊細な香りにも気づけるようになります。自然の中にあふれる豊かな香りを感じることで、心も豊かになりますよ」
取材を終えて
今回のお話から、おもてなしは、形式ではなく心の在り方だということを教えていただきました。香りとは、気づかないうちに人の心の深い部分に作用するもの。私も、お客様の心に自然と寄り添い、寛ぎの時間をご提供できるよう、常に感性を磨いていきたいと思います。
宮崎良利子
畑 正高さん
はた まさたか●1954年京都生まれ。同志社大学商学部卒業後、『松栄堂』入社。1998年代表取締役社長に就任。著書に『香三才』、『香清話』、関連書籍に『香千載』など。香文化普及のため国内外での講演や文化活動にも取り組む
(右)スティックタイプや円錐型、渦巻型など、火をつけて楽しむ香のほか、匂い袋など常温で香るものも。店内には豊かな香りが満ち、気持ちも和らぐ
(左)本店2階にある香房では、熟練の職人がていねいに香を製造。私たちを魅了する香の原料は、漢方薬として使われているものも多いのだとか