よりよく生きるには、よい経験を積んで、反射力を鍛えることです。
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よりよく生きるには、よい経験を積んで、反射力を鍛えることです。
この先どうなっていくのだろう? 大きな病気にならないか、仕事をこのまま順調に続けられるのか?未来は予測ができないからこそ、考えれば考えるほど不安になってしまうもの。このもやもやした気持ちを、解消する方法はあるのでしょうか?
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人間が追い求める幸福は、架空の価値?
目の前でトラブルが起こっているわけでもないのに、先のことを考えるだけで悩んでしまう人は多いと思います。本当は、問題が起こってから、解決の方法を考えればいいのですが、なかなかできませんよね。先にお話ししましたが、悩みが生まれるのは脳があるからです。私たちの周りに存在するあらゆる菌は、脳を持っていませんから、「なぜ菌なんかに生まれてしまったんだろう」なんて考えることもありませんし、他者をうらやむこともありません。学力や収入、容姿など、劣等感を抱えて悩んだりするのは人間だけなんです。
幸せを追い求めるのもまた、人間だけです。そもそも、幸せって何でしょうか? 脳を持たない生物には、幸せという概念はありません。そういった生物が地球上の99.9%を占めているわけですから、幸せは架空の価値だと言えるかもしれませんね。
悩みだって、本当はちっぽけなものです。悩んでいるとき、頭の中では大変なことが起こっていると感じるでしょう。でも実は、そのときの脳を顕微鏡を見てみると、ただ電気活動が起こっているだけなのです(下のコラムを参照)。悩みも怒りも悲しみも、神経細胞の物理化学反応です。私が教えている学生も「これが自分の悩みの正体!?」と驚き、そして、その悩みがどうでもよくなるようです。
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脳の神経細胞(ニューロン)の画像 東京大学 大学院薬学系研究科 薬品作用学教室にて撮影
脳には1000億個以上もの神経細胞(ニューロン)があり、電気信号を発して情報をやりとりしています。それぞれの神経細胞は直接つながっていないので、流れてきた電気信号を化学物質の信号に変え、次の神経細胞に伝えていきます。考えたり、記憶したりするときはもちろん、悩んでいるときも、怒っているときも、うれしいときも神経細胞のネットワークに電気信号が駆け巡っているのです。悩みも喜びも、顕微鏡で見ればただの電気活動なのです。
苦悩があってもいい。ただ、前向きな姿勢で。
幸せを追い求めることは、本当は意味なんてないのかもしれません。が、言い換えればそれぞれの幸せに向かって努力をするのは、人間にしかできないことです。脳があるから幸せを願うこともできる。とてもすばらしいことだと思います。幸せを求めるために、苦悩することがあっていいと思います。でも……、できることなら、そのベースに前向きな姿勢があるほうがいい。そのほうが、幸せに向かってよりよく生きられると思うのです。
そのために大切なのが、“反射力”を鍛えることです。反射力とは何か、それを少しご説明しましょう。
脳は、人間の行動の自動選択装置。
自分のすべての行動は、自分の意思で決定していると思っていますよね。実はそれは幻想で、本当は、脳が自動的に決めています。例えば洋服を買うとき。自分の意思でではなく、無意識のうちに選択され、買うものが決定されているのです。それが“反射”です。脳の反射によって、行動が出力されているのです。脳はいわば、人間の行動の自動選択装置なのです。
脳がどう反射するかは、その人の経験によって決められます。先ほどの洋服の話で言えば、暗い色を選ぶ経験しかないと、暗い色を選ぶような反射しかしません。なぜなら、それとは違う色や柄の洋服を選ぶ方法が、脳の中にないからです。ですから、行動の自動選択装置である脳に、いい反射をしてもらうためにはさまざまな経験を積み重ねていくことが大事なのです。音楽は、CDだけでなく、生の演奏を聴きに行く。コミュニケーションも、SNSだけでなく、実際に人と会って話す。五感を介したリアルな経験が、いい経験になるでしょう。
反射は、学習や成長と言い換えることもできます。経験を通じて学習、成長すれば、トラブルに見舞われても、適切な決断で切り抜けることができますし、適切な言葉選びと気遣いで、よい人間関係を築くこともできます。何が起こるかわからないと未来を憂うよりも、とにかく今、いい経験を積み重ねていくことです。そうすれば、過去を振り返ったときにも、幸せに満ちた人生だったと思えるはずです。
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「引き出しの多い人ほど魅力的」だと言われます。仕事も遊びも、いろんなことを知っている人は、それをとても楽しんでいるように感じます。反射力を鍛えるとは、引き出しを増やすことなのかもしれません。成長はいくつになっても大切。100年衰えることのない脳は、いつまでも私たちの成長を支えてくれるはずです。