vol.11
[今回の野菜] ほうれん草(三重県 津市 安濃町)
年末年始から2月にかけて、霜が降りる寒さになる頃「ほうれん草」は旬の時期を迎えます。緑黄色野菜のなかでも抜群の栄養価を誇るほうれん草は、寒さによって甘くなり、栄養はさらに豊富になります。そのほうれん草を独自の栽培方法でつくる三重県津市安濃町(あのうちょう)の畑を訪れました。
甘く!おいしく!独自栽培のほうれん草畑を訪ねて
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甘く!おいしく!独自栽培のほうれん草畑を訪ねて
「新たな技術を役立てたい」挑戦を受け入れる人々と風土
「安濃町の気候はほうれん草づくりに合っています」そう語るのは、今回お話をお聞きしたジャパン・アグロノミスツ株式会社 代表の藤原さん。以前は農林水産省の研究機関で農業の研究をされていました。携わった研究のひとつ、キャベツの育苗技術を、ほうれん草に応用することが藤原さんとほうれん草づくりの出会い。研究を進めるなか開発した技術が現場で生かされていないことから「研究の成果を実際の農業で役立てたい」という想いが生まれました。その想いから藤原さんは研究者から生産者の道へ。就農した当時、安濃町の農業は米農家が大半。ですが、安濃町には挑戦を受け入れる大らかな人々、ほうれん草づくりに適した風土がありました。
農業への想いから研究者から生産者へと転身した藤原さん。
困難だからこそ、前へ進むチャンスがある
藤原さんがほうれん草づくりをはじめたのは、米を収穫した後に行う水田後作。ところが水田は、ほうれん草づくりに向かないといわれていました。「困難だからこそ、研究者として、そして生産者としてのやりがいは大きかった」と、藤原さんは当時を振り返ります。水田に水が貯まるのは地中の下層に水を通さない地盤があるから。その環境でほうれん草を育てると、地中に貯まった水によって根が酸欠状態になってしまいます。課題を解決したのは根を地中へ伸ばすのではなく、土の表面に這わせていく育苗技術。それは下へ伸びる太い根を切り、横へ根が伸びるように苗を育ていく技術です。研究を重ねた技術が水田を活用した新しいほうれん草づくりを可能にしました。
小さなポッドの中では、細い根が渦を巻くように伸びています。
収穫は大きくなってからではなく“おいしくなってから”
スーパーや通販など野菜の市場には様々な品種やブランドのほうれん草があります。そんな市場に一石を投じたのが、藤原さんが独自の栽培方法によって生みだした「益荒男(ますらお)ほうれん草」。甘いといわれるほうれん草はたくさんありますが、それらと比較しても益荒男ほうれん草は糖度の高いものでした。甘さの理由は品種だけでなく、収穫するタイミングの違いにもあります。益荒男ほうれん草は十分に育った後、冬の寒さにさらして、より甘くおいしくなるまで待ってから収穫します。同じ野菜、同じ品種でも育て方で味が変わる。藤原さんにとって、おいしく育てることは、生産者としても、研究者としても、譲れないこだわりです。
一番下の葉が黄色くなってきた頃が収穫のタイミング。
畑を広げ、人を育てる、実現したいことが、まだまだある
「研究者と生産者の懸け橋になりたい」と、藤原さん。農業の可能性を広げる研究はいわば金の鉱山。しかし、研究と生産現場をつなげるものがなければ、本当の価値は失われてしまいます。もともと研究に携わっていたから、最新の技術を生産現場にいち早く取り入れることができ、他の生産者に役立つ情報を広めることもできる。農業のこれからを考える藤原さんは、人も育てることも不可欠と言います。今、ジャパン・アグロノミスツ株式会社では先導技術実践農場であるファーム*ジャグロンズとして、ほうれん草を生産している三重県津市の「安濃津農園」と、枝豆を生産している秋田県美郷町の「兎農園」の2農園の運営にかかわっています。次々と作り手を育て、いくつものチームを作り、新たな農業を広めることも、藤原さんが掲げる目標。「人が育ったと実感したときは本当に嬉しくて、面白い。したいことはたくさんある」と、笑顔で語る藤原さん。挑戦はまだまだ続きます。
苗の植え付けの負担を大きく減らし、生産効率を向上させた移植機
これも、ジャパン・アグロノミスツ株式会社で開発されました。
生産者
藤原さん(三重県津市安濃町)
冬は三重県、夏は秋田県と年中、畑仕事に励むなか、新聞への寄稿もされている藤原さん。休みを取れることができれば、リフレッシュを兼ねて、好きな釣りに出かけます。趣味の釣りであっても、いかに効率よく、たくさん釣ることができるかを考えてしまうそう。