おいしさや風味は、実は嗅覚で感じている!
読了時間:5分
おいしさや風味は、実は嗅覚で感じている!
味覚センサーだけではおいしさはわからない!
風邪をひいたり、花粉症の症状として鼻づまりが現れたとき「食べものの味がしない」と感じたことはあるはず。それは、先ほどの鼻をつまんで飲みものの味を比較する実験と同じことが起きています。
「食べものや飲みもののおいしさや風味を感じているのは、味覚ではなく、実は嗅覚が大きく関係しています。口の中に広がった食べものや飲みものの香り成分は、いったん喉の入り口に溜まりますが、鼻から息を出した瞬間に、一気に喉から鼻の内部に流れ込みます。ヒトは鼻から吸い込んだにおいだけでなく、口の中にある食べものや飲みものの香り成分も感じています。私たちは、それをおいしさだと感じているのです。もちろん、舌の上にある味覚のセンサー(味蕾)の働きも重要ですが、においがわからない状態で味がわかる食品は、砂糖や塩など種類はわずか。嗅覚が失われて味覚だけになると、甘い・塩辛いはわかっても、おいしさや風味はわからなくなってしまうのです」
嗅覚障害のある女性は、サルコペニア(筋肉量が減少し、筋力・身体機能が低下した状態)になりやすいというデータもあります。
「食事を楽しめないことをきっかけに低栄養になり、筋肉量も減って、運動をしたり外出したりという機会も減っていきます」
嗅覚に変化が現れた人の、最も多い悩みは食事に関係すること。食べることだけでなく、作ることにも不安を感じ、ストレスが蓄積していくそうです。
「自分が食を楽しめなくなることに加え、家族の料理を作るとき、味つけに自信が持てなくなったという声もよく聞きます。料理に使う食材が傷んでいるかどうか、においがわからないために、確認しづらくなります。また、煙やガスのにおいにも気づかなくなるため、危険にさらされるリスクがストレスになるのです」
調理や香料関係の仕事に就いている場合は、続けられるかどうかの深刻な問題にもつながります。
においの刺激は感情や記憶との関係が。
いい香りを嗅いだとき、心が晴れやかになったり、落ち着いたりという経験はありませんか? それは香りの情報が、直接感情と結びついているからです。
「においの情報は、脳の大脳辺縁系(古い脳)へ直接流れます。ここは感情を司る扁桃体がある場所(下の図を参照)。アロマテラピーで、リラックスなどの効果が得られるのは、香りの情報が感情に結びつくからだと考えられています。においの刺激はココロの健康にとても重要。それがなくなると、感情のコントロールが障害される可能性があります。うつの傾向にある、嗅覚障害の患者さんは少なくありません」
においは記憶とも密接な関係があります。古い脳には記憶を司る海馬もあり、そこに届いた嗅覚情報と過去の記憶をつき合わせて、脳に格納された記憶が引き出されると言われています。
「マルセル・プルーストの小説『失われた時を求めて』で、主人公がマドレーヌを紅茶に浸して食べると、幼少の頃の記憶が蘇る、というシーンがあります。においによって過去の記憶が呼び覚まされる現象は、この小説から【プルースト現象】と呼ばれているのですよ」
嗅覚に障害があると、宝物のような記憶を呼び起こす働きも低下するということ。嗅覚の低下は、楽しさや喜びが失われるということなのかもしれません。