炎症という言葉から、どんなことを思い浮かべますか? 痛みがある、赤く腫れる、熱を持つ。炎症にはそんなイメージがあるかもしれませんが、実は、身体の中で静かに進んでいく炎症もあります。それが慢性炎症。肥満や、高血圧、動脈硬化をはじめとする生活習慣病も、慢性炎症が基盤にあります。これは、身体の中で小さな火がくすぶっているようなもの。慢性炎症が進行すると、やがて大きな火事のように深刻な疾病につながる線維化が始まってしまいます。線維化を防ぐためには、まずその火種を見過ごさないことが大切なのです。
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慢性炎症とは何か。多くの病気の背景にある“くすぶる火”
よく知られる病気も、実は、慢性炎症。
4月からは新年度が始まり、企業の健康診断が実施される時期。特定健康診査や、配偶者健診の案内も届き始めます。あなたは毎年、健診を受けていますか? 身体の状態を知ることはとても大切。身体の中で“くすぶる火種”とも表現される【慢性炎症】の有無や、その状態を知る手がかりにもなるからです。
慢性炎症とは何か。そして、それが進むとどうなるのか。名古屋大学の菅波孝祥先生にお話をうかがいました。医療の現場に役立てるべく、慢性炎症を解き明かそうと研究を続ける先生です。
「“炎症”の特徴として一般的に知られているのは、発熱、発赤、疼痛(とうつう)、腫脹(しゅちょう)が挙げられます。例えば、身体のどこかを激しくぶつけてしまった時、そこは熱を持ち、赤くなり、痛みや腫れが起こります。これは【急性炎症】と呼ばれているものです。対して慢性炎症は、多くの慢性疾患に共通して見られる炎症反応のこと。肥満や、糖尿病、高血圧症、脂質異常症といった生活習慣病は慢性炎症を基盤とした病態だとされています。さらに、動脈硬化や、自己免疫疾患である関節リウマチ、最近では、神経変性疾患であるアルツハイマー病や、がんの進行にも慢性炎症が深くかかわっているとされています(下を参照)」
慢性炎症
メタボリックシンドローム生活習慣病
肥満・糖尿病・慢性腎臓病・脂質異常症・MASH(代謝機能障害関連脂肪肝炎)など
動脈硬化性疾患
虚血性心疾患・脳卒中など
自己免疫疾患
関節リウマチ・乾癬など
がん
発がん・浸潤・転移など
神経変性疾患
アルツハイマー病・パーキンソン病など
急性も、慢性も、治すための仕組み。
炎症は悪いもののようですが、本来、損傷した箇所を修復するためのプログラム。
「身体を守るために、免疫機能が働いて起こる防御反応が炎症です。ケガをすると傷を治すため、そこに白血球が集まります。さらに白血球は【炎症性サイトカイン】という物質を放出し、多くの白血球を呼び寄せて、傷口から侵入した細菌などの異物と戦います。その結果、発熱や発赤が起こりますが、これは傷が治っていく過程。つまり、炎症は組織修復に欠かせない反応なのです。慢性炎症では、発熱や発赤など目立つ症状はほとんど起こりませんが、身体の中では急性炎症と同じようなことが起こっています。これは体内で火種がくすぶっているような状態。がんを例に説明すると、身体にとって異物であるがん細胞を壊し、排除するために、白血球がその周囲の組織に集まります。しかし、がん細胞は白血球の攻撃を弱める物質を出すなどして対抗。がん細胞と白血球との戦いは長く続くことになります。急性炎症との大きな違いは、修復が長期間続くこと。病気によって起こる理由はさまざまですが、基本のメカニズムはとても似ているのです。慢性炎症は、修復作業が長く続くことが問題。それによって、臓器が硬くなる【線維化】が進行してしまいます。これが大きな病気につながっていきます」
慢性炎症は、くすぶる火種。それが病気という大きな火事につながっていく背景には、線維化の進行があるということなのです。
炎症が続くと何が起こるのか。臓器の機能を奪う「線維化」
崩れる細胞チームの連携。それが炎症の始まり。
線維化は、炎症という修復作業がくり返された結果起こること。線維成分であるコラーゲンが増え過ぎることによって、臓器は次第に硬くなっていくのです。
「慢性炎症である、肥満を例に挙げてお話ししましょう。肥満は皮下脂肪、内臓脂肪などの脂肪組織が変化することで起こります。脂肪組織は、脂肪細胞の塊のようなイメージがありますが、ほかにもさまざまな種類の細胞が存在しています。脂肪細胞は【実質細胞】という主役の細胞。過剰なエネルギーを中性脂肪として蓄えるのが主な働きです。そして主役である脂肪細胞を支えるのが【間質細胞】。マクロファージ、リンパ球などの白血球(免疫細胞)、栄養を供給する毛細血管(内皮細胞)、新しい脂肪細胞を作る脂肪組織幹細胞、コラーゲンなどを作る線維芽細胞などがあります(下の図を参照)。実質細胞と間質細胞が連携して働いているのが健康な状態。しかし、さまざまなストレスがかかると、連携が崩れ、脂肪組織の変化、つまり肥満が進んでいきます」
脂肪組織にとっては、食べ過ぎが大きなストレスになります。
「脂肪細胞は、エネルギーの量に応じて膨らんだりしぼんだりしていますが、エネルギー過剰な状態が続くと、膨らみ続けることになります。それは、脂肪細胞の中身が漏れ出るような危険な状態。SOSを受けて、白血球が炎症性サイトカインを放出、線維芽細胞がコラーゲンを作り、壊れかけている脂肪組織の“骨組み”を修復します」
線維化が進行する肝臓
肥満によって線維化する脂肪細胞
健康な状態
実質細胞である脂肪細胞と、マクロファージ、リンパ球、線維芽細胞などの間質細胞、脂肪組織の骨組みである細胞外マトリクスが連携して働き、恒常性を保っている。
線維化した状態
脂肪細胞が中性脂肪を溜め込み膨らみ過ぎると、マクロファージ、リンパ球が炎症性サイトカインを放出。線維芽細胞がコラーゲンを作り続け、細胞外マトリクスが過剰になって、組織そのものが硬くなり、線維化が起こる。
適度な硬さは、やがて動かない硬さに。
この骨組みは【細胞外マトリクス】というもの。脂肪組織だけでなく、あらゆる臓器、組織の形を支えています。この修復にコラーゲンが使われるのは、しなやかで伸縮しやすく、適度な硬さがあるから。骨組みの材料として最適ですが、修復が繰り返されるとその硬さが仇になります。
「コラーゲンが投入され続け、細胞外マトリクスが過剰になると、臓器や組織のしなやかさは失われます。それが線維化。問題は、臓器や組織の、本来の機能が失われてしまうこと。脂肪組織では、脂肪細胞が十分に膨らまず中性脂肪を溜められなくなります。その結果、あふれた脂肪は、ほかの臓器に入り込むことになります。これを【異所性脂肪】(前号の特集「運動するのは、脳のため」を参照)と言います。その臓器のひとつが肝臓。肝臓に脂肪が溜まった状態が、いわゆる脂肪肝です」
異所性脂肪が溜まった時点では、炎症はまだ軽度。
「脂肪肝は、やがてMASH(代謝機能障害関連脂肪肝炎)へと進行します。本来脂肪を溜める臓器ではないため、溜まり過ぎると肝細胞が傷つき、そのための修復作業である炎症が起こります。そして肝臓の細胞外マトリクスが蓄積されます。加えて実質細胞である肝細胞の細胞死も起こります。そこからもさらに線維化は進み、肝硬変、肝がんへ進行してしまいます」
線維化は、深刻な状態に陥るということ。臓器や組織の働きそのものが損なわれ、最終的に機能不全につながっていきます。
「肝不全、腎不全、心不全といった臓器不全も線維化が深くかかわっているのです」
線維化を防ぐために。慢性炎症をコントロールする
健診結果に向き合い、慢性炎症に対処。
慢性炎症のその先で起こる線維化。痛みがないため、気づかないうちに進行、やがて元の状態に戻すのが難しくなっていきます。
「やはり線維化の入口である、慢性炎症をコントロールすべきです。メタボリックシンドロームを指摘されている人は、医師に相談を。糖尿病、高血圧症と診断されている人は、根気よく治療を続けることが大事です」
健診結果の、糖代謝、脂質代謝、肝機能、血圧の数値の高さは、身体の中に変化が起こり始めているサイン。そのままにせず、医師に相談しましょう。
「健診結果でいくつかの項目に高値があったとしても、自覚症状がないため医療機関にかからないことも多いようです。最初は肥満だけだったとしても、やがて肝臓や心臓に、炎症が飛び火していきます。そうした悪循環サイクルを断ち切ることが大切。生活習慣病の進展を止める、というよりも慢性炎症の拡大を抑えると捉えて自身の身体の状態をコントロールしていきましょう」
医学の進化で動き続ける〝戻せなくなるポイント〟。
線維化は、臓器の機能を損ない、生命にもかかわるもの。だからこそ今、線維化に関する研究が盛んに行われています。
「かつて、線維化は元に戻せない、治療をしても改善は見込めない状態だと考えられていました。しかし今は、進行期でも回復の可能性がある事例が報告され、治療での改善が期待されるようになってきました。今、研究者の間で関心が高まっているのが【ポイント・オブ・ノーリターン】(下の図を参照)。どこまで進行すると戻せないのか、そのポイントはどこなのかということです。戻せなくなるポイントは、医学の進歩に伴って動いていきます。今、そのポイントを少しでも後ろに動かせないかと、さまざまに研究が行われています」
慢性炎症の段階なら、戻れる可能性がある
肥満は脂肪肝につながり、糖尿病、心疾患などの合併症を引き起こしますが、治療によってそれを防げる可能性も見えてきたそう。
「肥満は、体重を落とすことが基本。しかし簡単ではない場合もあります。減量とは違うアプローチとして炎症、線維化を抑える方法が有効ではないかと期待されています。私が注目しているのが、糖質の代わりになるエネルギー源、ケトン体。肥満のマウスにケトン体を与えると、脂肪組織の線維化が抑えられ、代謝の改善も見られました(下の実験データ参照)」
医学の進歩が、戻せなくなるポイントを後ろへ移動させ、予防・治療に新たな可能性をもたらすこともあるかもしれません。
「MASHについての研究も進んでいます。肝硬変や肝がんは生命予後が悪い。MASHで止められれば、肝硬変や肝がんを防ぐこともできるからです。ただ、MASHは血液検査だけでは診断しにくく、画像でも線維化の程度がわかりにくいため、診断が難しいのが現状です。新たな検査法の開発や、さらなる基礎的な研究も必要だと考えています」
線維化の研究は、失われた機能を取り戻すだけでなく、“戻せる未来”を描き始めています。その未来を確かなものにするために、やはり炎症という火種に対処しておくことが大切なのです。
次からは、ケトン体の特集です。自分の身体を見直し、食事を変える。できることから始めていきましょう。
ケトン体の付加で、線維化を抑制
肥満モデルマウスを用いた実験において、ケトン体前駆体(ケトン体の生成を促す物質)を投与したところ、脂肪組織の炎症および線維化が抑制された。ケトン体前駆体の一時的な投与のみで、普通食への切り替えによる減量と同等の線維化抑制と代謝改善が認められた。これらの結果は、たとえ肥満であっても、ケトン体の作用によって健康な代謝機能へ導ける可能性を示している。
引用元:Wada E, Suganami T, et al. Transient dietary intervention induces healthy adipose tissue expansion and metabolically healthy obesity in Mice. The FASEB Journal, 2025















