ステイホーム期間中、私たちは今まで体験したことのない生活を送ることになりました。思うように外出できない日々。友人や仲間に会えないことへの寂しさや、不安を感じているのではないでしょうか。終息を願うばかりですが、完全に“コロナ以前”の生活に戻ることは難しいと言われています。そんなこれからを生きていくために、重要となるのは愛情ホルモンと呼ばれるオキシトシンかもしれません。ストレスを抑えられ、心と身体の健康につながり、愛情深く、人との絆を深められるオキシトシン。強く、優しくなることが、これからをすこやかに生きるカギになるはずです。
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オキシトシンで、強く、優しく
オキシトシンの分泌には、肌の触れ合いがとても大切
コロナ以降の“新しい生活様式”として、ソーシャルディスタンスが求められるようになった私たち。人との距離をとることは、日本だけでなく、世界的な感染予防のための手段となりました。ただ、挨拶として握手やハグ、キスをする文化がある国では、それによって心への影響が出ているとか。肌のぬくもりへの飢えを感じる、【スキンハンガー】という現象が起きているのだそうです。日本は日常的なスキンシップが少ない国ではありますが、家族や友人、恋人に抱きしめられたとき、気持ちが安らいだという経験はあるのではないでしょうか。
「人に会わない、 人と触れ合う機会がないのは、オキシトシン分泌の面から考えてもよくないでしょうね。肌の触れ合いは人にとって、とても大切なもの です」
そう教えてくれたのは、愛情ホルモンと呼ばれる、オキシトシンの研究を続ける高橋 徳先生。 オキシトシンは、スキンシップなどで分泌されるホルモン です。
「もともとオキシトシンは、女性の妊娠・出産時に大量に分泌されるホルモンとして医学の世界では有名でした。そのことから“お母さんホルモン”と呼ばれていましたが、1990年代半ば頃からオキシトシンについての研究が進み、お母さんだけのものではないとわかってきました。 出産経験のない女性も、男性も、子どもも分泌すること、そして、ストレス軽減に大きな効果を持つ ことがわかってきたのです」
オキシトシンとストレスに関する論文は、多数発表されています。その中のひとつに、こんな報告があります。オキシトシンを分泌できるマウスと、分泌できないマウスのそれぞれを、狭い部屋に入れて比較する実験。後者は暴れまわったり、下痢をしたりという異変が見られました。対して、前者には異変はなし。このような実験から、オキシトシンがストレスを抑える効果があると考えられるようになりました。ストレスは、心にも身体にも悪影響。オキシトシンを高めることは、これからをすこやかに生きるために重要だと言えるでしょう。
人への思いやりが、オキシトシンを高める。
オキシトシンは、ハグやキスなどスキンシップに加えて、 相手を“思いやる”ことで分泌される こともわかっています。
「私たちが行った実験でもそれがわかりました。同じ巣箱に2匹のマウスを入れ、1匹を1日2時間巣箱から出し、ストレスを与えて戻すと、巣箱に残っていたマウスが、戻ってきたマウスの毛づくろいを始めたのです。 毛づくろいは多くの動物に見られる社会的行動。相手をいたわる行動です。世話をしたマウスにはオキシトシンの分泌が増えていました。 多数行われているヒトでの実験でも、相手を思いやることでオキシトシンが分泌されることがわかっています」
オキシトシンは、人への“思いやり”で高められるホルモン。自分の力で高めることができる のです。相手への愛情で、人間関係が良好になるとも言えます。
「人とのつながりは大切。信頼関係を築くことで、オキシトシンは安定的に分泌されます。 “コロナ以降の生活”は、今まではなかったようなストレスと向き合うことが多くなるかもしれません。これからを生きる私たちにとって、やはりオキシトシンはとても大切なものだと考えています」
オキシトシンが分泌されるシチュエーション
オキシトシンは種の保存のためにある!?
オキシトシンは、出産のときに大量に分泌されるホルモンだと前ページでお伝えしました。1906年、脳の中の下垂体で発見され、ギリシャ語で、早い(okys)出産(tokos)を意味するオキシトシン【oxytocin】と名づけられました。
「オキシトシンは、子宮の筋肉を収縮させて出産を促進する働きに加え、愛を育む作用もあります。お母さんは、生まれてきた赤ちゃんの世話をしなければなりません。そのために、赤ちゃんに対する愛着が必要なのです。出産した女性は、赤ちゃんに初めて対面した瞬間、言葉にならない感情がこみ上げたという体験があると言います。それはきっと、赤ちゃんを自分の分身、もっと言えば自分自身だと感じたからだと言えます。犬や猫などの動物も、同じように生まれた子どもを大事に育てますよね。そのように 愛着が生まれる理由は、命を守り、種族を残していくため。あらゆる種の保存のためにオキシトシンがある と私は考えています」
出産時だけでなく、赤ちゃんの世話をするときにもオキシトシンは分泌されます。抱っこしたときの肌への刺激、授乳のときの乳首への刺激でもお母さんにオキシトシンが分泌されるのです。私たちは、はるか昔から、オキシトシンを通して命をつないできたと言えます。
子育て中にも分泌されるオキシトシン
オキシトシンは、出産時に大量に分泌されるほか、産後も授乳の際に分泌されます。赤ちゃんが乳首を吸う刺激によって、母乳を作り出すホルモン【プロラクチン】と、作られた母乳を押し出すためにオキシトシンの働きが活発になるのです。また赤ちゃんの肌に触れたり、においを嗅ぐことなどの刺激によってもオキシトシン分泌が促され、さまざまな形で母性が育まれます。
思いやりを受け取った人にも、オキシトシンは分泌される!
スキンシップや、人を思いやることなどで分泌されるオキシトシン。実は、 自分だけでなく周りの人にも分泌される ことがわかってきています。先にご紹介した先生のグループが行った実験で、毛づくろいをしたマウスにオキシトシンが分泌されたとお伝えしましたが、毛づくろいをされたマウスにもオキシトシンが分泌されていたのです。
「例えば、子どもが転んで痛がっているとき、お母さんが『痛いの痛いの、飛んでいけ!』と、背中をさすったりしますね。そのとき、お母さんと子どものどちらにも、オキシトシンが分泌されます。 お母さんは、“痛みを取り除いてあげたい”という思いやりによって。子どもは、撫でられるという肌への刺激と、お母さんの愛情を感じることで分泌される のです。通常、ホルモンは自分の身体の機能を維持するために分泌されるものですが、オキシトシンは、自分にも、相手にもよい影響をもたらす、珍しいホルモンなのです」
オキシトシンには、痛みを和らげる効果もあります。 転んで泣いていた子どもが泣きやむのは、その力が理由です。
「オキシトシンには、とても多くの機能があり、痛みを抑えるのもそのひとつです。さらに、脳内麻薬と言われる神経伝達物質・エンドルフィンの分泌を促す効果もあり、それによっても痛みが抑制されます。子どもが泣きやむのは、まやかしではないのですよ」
人と交流し、思いやる、優しくする、共感する。それでオキシトシンが分泌されると、さらに交流を重ねるようになるそうです。「“仲間と睦(むつぶ)”ことは、ココロ穏やかに生きるためにも、健康のためにも欠かせないものです。動物が毛づくろいでお互いのケアをしたり、ハグをして仲間割れを防ぐことも同じ。人間でも、社会と疎遠になると死のリスクが高くなることもわかっています。オキシトシンは、健康で豊かに暮らすために、大切なものなのです」
オキシトシンが、健康を作る仕組み
自律神経を整え、胃腸や血管をすこやかに
ストレスは、万病のもと。本誌でもこれまでに、ストレスがココロと身体に悪影響を及ぼすことをお伝えしてきました。ストレスを抑える力があるオキシトシン。分泌を高めれば、ココロと身体のさまざまな不調を予防できることがわかってきました。まずは、ストレスに対して、私たちの身体がどのように反応しているのかを、お聞きしました。
「本来私たちはストレスに耐えられるようにできています。ストレスを感じると、CRFというストレスホルモンが放出され、それに反応してさらに別のホルモンが分泌されます。それでストレスと戦えるようになっていますが、 長期にわたって複雑で多様なストレスを受け続けると、その防御システムが過剰に反応。 ストレスと戦うためのホルモンが大量に分泌されるようになり、 落ち着きがなくなったり、攻撃的な言動をしやすくなります。加えて、自律神経のバランスが崩れ、不調も表れます 」
不調のきっかけは、ストレスに耐えるシステムが正常に機能しなくなるからなのです。
「 オキシトシンは、過剰なCRFを抑える働きがあります。 それによって防御システムの暴走を防ぎ、自律神経のバランスを整えるのです」
ストレスホルモン産生を抑えるオキシトシン
ストレスを感じると、脳にCRF というストレスホルモンが放出されます。それに反応して、コルチゾール、ノルアドレナリンという別のホルモンが分泌されます。本来は、ストレスに負けないように働くものですが、過度なストレスがかかり続けると大量に分泌され、自律神経が乱れて、逆効果になります。オキシトシンには、過剰なCRF を抑える働きがあり、過剰なストレスから心と身体を守ります。
自律神経は交感神経と副交感神経に分けられ、身体が活動しているときは交感神経が優位、リラックスしているときは副交感神経が優位に。このふたつの神経の切り替わりが上手くいくのが、バランスの整った状態。身体の機能が正常に働き、不調の予防につながっていくのです。
「胃や腸などの消化器管は、ストレスと深い関連があります。交感神経優位な状態が続くと、基本的に身体は活発傾向になりますが、逆に胃や腸は動きが鈍くなります。それによって、食欲の低下や下痢などの症状が現れやすくなるのです。 オキシトシンが分泌されると副交感神経が優位になり、胃腸の不調が改善されます。加えて、高血圧・動脈硬化の予防も期待ができます。 血管も、ストレスの影響を受けやすい器官。副交感神経を優位にし、血管の過度な収縮を抑えることが期待できます。最近の研究では、オキシトシンが直接血管に作用して、血圧を下げることもわかっています」
愛情ホルモンが、幸せホルモンを促す!
オキシトシンには、幸せな気分に関係する、ふたつのホルモンの分泌を促す作用もあります。
「ひとつは、“幸せホルモン”と呼ばれるセロトニン。不安を鎮め、心を安らかにする働きがあります。もうひとつは、“快楽ホルモン”と呼ばれるドーパミン。これには、やる気を高めたり、喜びや幸せをもたらす働きがあります」
セロトニンは、睡眠ホルモンと言われるメラトニンを作る材料にもなります。オキシトシンの分泌で、健康の源である睡眠の質の向上にもつながります。
「ストレスに強くなり、自律神経が整い不調が改善。そして、幸せな気持ちに満たされ、人との交流も活発になる。オキシトシンには心と身体の健康につながるさまざまな作用があります。これからを生きるために、必要だと思いませんか?」
五感への刺激・人への想いがオキシトシンの分泌に
気持ちがいいこと。楽しいこと。人を思いやること
ハグやキス、セックスなど、スキンシップで多く分泌されるオキシトシン。ただ、人に会ったときにハグやキスをすることがほぼない私たちにとって、スキンシップは気軽なものではないかもしれません。
「 肌への刺激で分泌されますから、セルフマッサージでもいいのです。犬や猫などのペット、ぬいぐるみを抱きしめることもいい。 ふわふわした心地よい感覚が、オキシトシン分泌を高めます」
触れる感覚・触覚も含め、五感への気持ちのよい刺激が分泌を促す のだそうです。
「 気持ちがいい、楽しいと思うことなら、どんなことでもいい のです。おいしいものを食べる、好きな香りを嗅ぐ、好きな音楽を聴く、美しい景色を見るなど、自分の五感を喜ばせることを意識しましょう」
そしてもうひとつ、 オキシトシンを高めるには、人と交流し、人を思いやること です。
「 自分を想ってくれた相手に、『ありがとう』ときちんと言葉にして伝える。 ボランティアなどで、人のために何かをする。それだけで、自分にも相手にもオキシトシンが高まります。そのよい循環を作るためにも、人とつながることです。今は人との距離をとるべきときですから、なかなか難しいかもしれませんが、やはり直接会うことがベストです。“オンライン飲み会”も便利ではありますが、できれば食事をともにして、笑い合って。時には愚痴を言い合ってもいいのです。それは、五感の刺激にもなります。想ったり、想われたりすることは大切。人間の基本的なことだと思います」
ストレスに強く、心優しく。オキシトシンが、これからを生きる私たちの未来を、よりよいものにしてくれるはずです。
五感への刺激
触覚
スキンシップ、ハグ、キス、セックス……。人と触れ合うことを。セルフマッサージでもOK!
視覚
美しい景色やアートなど好きだと感じるものを見る。人の笑顔を見るのも◎。
味覚
おいしいと感じるものを食べる。身体にいいからと無理をせず、身体が欲しがっているものを食べる。
嗅覚
好きな香りを嗅ぐ。アロマセラピーもよい。もちろん、好きな精油でOK。
聴覚
ジャンルを問わず、好きな音楽を聴く。好きな人の声も◎。
人を思いやる
感謝をする
相手にお礼や感謝の気持ちを伝えることで、自分だけでなく相手にもオキシトシンが分泌されます。「ありがとう」はオキシトシンの増強剤。助けてもらったときはもちろん、どんなときも感謝の気持ちを。例えば悩みを相談されたときも「話してくれてありがとう」と伝えましょう。
相手の目を見て話す
「人の目を見て話しなさい」とは大切なマナーとして教わることですが、オキシトシン分泌にとっても重要です。目を見ながら話すと想いが伝わり、信頼や共感が生まれて、双方にオキシトシンが分泌されます。時にはパートナーと見つめ合って。きっと絆が深まるはずです。
チームで目的を達成する
仕事仲間でも家族でも、メンバーで役割分担をしてひとつの目標に向かっていく。それぞれがココロを開いて共感・信頼できるようになると、みんなにオキシトシンが分泌されます。目標を達成したら、みんなで喜び、ほめ合うと、さらにオキシトシン分泌が高まります。
猫かわいがりする
子どもをとにかくかわいがること。3歳までに徹底的にたっぷり愛情を注いで育てると、その子どもはオキシトシンを分泌しやすい体質になります。それは一過性ではなく生涯にわたって影響を与えます。3 歳を超えていても安心を。愛情を注げば、オキシトシンは分泌されます。
ボランティアに参加する
「情けは人のためならず」。人に親切すると、自分にもかえってくるという意味のことわざです。これこそオキシトシンを表す言葉。ボランティアは、誰かの役に立ちたいという想いをカタチにできる行動です。ボランティアでオキシトシンが分泌されるという論文もあります。
        
            

        
        






      
      

      
      
      
      
        
            
            
            
            
            
          



