母親の脳は、子育てができるようにできていません。子どもも、親の言うことを聞かないものなのです。
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母親の脳は、子育てができるようにできていません。子どもも、親の言うことを聞かないものなのです。
子育てや、子どもとの関係は大きな悩みのひとつ。子どもへの愛はもちろん揺るぎないもの。でも、思い通りに行かないことが続くと、ネガティブな感情が生まれてしまいます。それは、親として間違ったことなのでしょうか?
母親が育てられるのは乳飲み子だけ。
私も、夫であり2児の父でもありますから、育児がとても大変であることはよくわかります。子育てがイヤになる、子どもが言うことを聞いてくれないことはよくありますよね。ただ、それには理由があります。脳研究者として、その理由をお話ししましょう。
母親が子どもを育てるのは当然だと思われていますが、実は母親の脳は、長く子育てをできるようにはプログラムされていません。面倒をみられるのは、授乳期間だけ。それは、人類誕生からの長い歴史を見るとわかります。
太古の昔、狩猟採集時代の女性は、一生のうちに10人以上の子どもを産んでいたと考えられます。その頃の平均寿命が30~40歳だとされていますから、女性はずっとお腹に赤ちゃんがいる状態だったと言えます。男性は獲物を追ったり、植物を採ったり食料を確保するのが仕事。子育てには当然協力していません。女性も乳飲み子の世話をしなくてはなりませんし、常にお腹が大きいという状態ですから、大勢の子どもたちの面倒をみられるはずはありません。
では、誰が面倒をみていたのでしょうか? その答えは子どもたち、です。兄姉をはじめ、生活コミュニティの子どもたちが、みんなで小さな子どもの面倒をみていたのです。現代では考えられないことですが、子どもが子どもの世話をする生活は、人類が誕生してから500万年もの間、ずっと続いたのです。文明社会になって1万年が経つとはいえ、長い歴史で見れば一瞬のようなもの。500分の1ですからね。そんな短い時間で、脳は変化できません。子育てから逃げ出したくなるのは、脳から見ればごく自然なことなのです。
面倒をみてくれる人が親よりも大切。
子どもが親の言うことを聞かないというのも、その歴史から見るとわかりますよね。狩猟採集時代、子どもにとって必要だったのは、親よりも面倒をみてくれる子どもたち。そのコミュニティから外れると、死んでしまうことになりますからね。それは現代でも同じです。例えば一家でアメリカへ引っ越して、子どもが現地の学校に通うようになると、すぐに英語を話せるようになります。それは、親よりも友だちとのコミュニケーションを重要視している証拠だと言えます。人間の脳は、乳離れするとコミュニティで生きていくようになっているのです。
母親が育児をイヤになるのも、子どもが親の言うことを聞かなくなるのも、人間として自然なことです。それなのに現代は、母親がひとりで育児をやらなくてはいけない状況になってしまった。しかも、子どもは言うことを聞きませんから、つらいですよね。
何かをさせるためにある報酬が効果を発揮。
子育てを誰かに頼るのは間違いのように感じるかもしれませんが、頼ったって、母親失格ではありません。むしろ頼るべきです。それが、もともとの生理的な脳の本来あるべき姿なのですから。
子どもが言うことを聞かないのは、もうあきらめて……と言いたいところですが、それが難しい、という気持ちもわかります。ひとついい方法をお伝えしましょう。何かをさせるために、報酬はとても大切です。ただし、ほめたり、ご褒美をあげることだけではありません。大切なのは成長です。自分で自分の成長を実感することも、報酬になるのです。難しいことが理解できるようになったり、それまでできなかったことができるようになるという達成感。そして、人の役に立ち、その相手から向けられる笑顔も、次の行動につながる報酬になります。それは、人間の脳がほかの動物と決定的に違うところ。子どもが成長を実感できるようサポートするのも、親としてできることのひとつです。
社会環境が大きく変化しても、脳は太古の昔から変わらないまま。それが母親を悩ませる理由でした。子育ては、ひとりではできないもの。「頼ったって、負けじゃないんですよ」という先生の言葉は、母親でもある取材メンバーのココロを、明るく照らしてくれました。がんばり過ぎず、子どもとの距離を考えることも、親子関係にとって大切なのだと思います。