脳が、重要かどうかを判断。忘れやすい記憶、忘れにくい記憶。
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脳が、重要かどうかを判断。忘れやすい記憶、忘れにくい記憶。
情動が関係する記憶は、ずっと忘れない。
私たちが、もの忘れだと言っているのは、多くが“単純な記憶”。名前や予定、数字といったものがほとんどです。
「記憶は、その性質によっていくつかの種類にわけることができます(下の図を参照)。まず大きくわけて、言葉で表せる【陳述記憶】と、言葉で表せない【非陳述記憶】があります。陳述記憶は忘れやすい記憶、非陳述記憶は忘れにくい記憶です。もの忘れの多くは、陳述記憶に分類される【エピソード記憶】です。いつ、どこで、何をしたなど過去の出来事の記憶や、明日何をするかといった予定の記憶など、“記憶”という言葉から想像されるものはすべて含まれます。エピソード記憶は、重要ではない記憶としてどんどん消されていくので、もの忘れが起こるわけです」
一方の、忘れにくい記憶である非陳述記憶には、【手続き記憶】と【情動記憶】があります。
「手続き記憶は、身体の動作に関する記憶です。歩く、自転車に乗る、ペンを持つなど、それができるようになるための身体の動作の記憶です。そして情動記憶は、出来事や情報に接したときに、喜びや恐怖など、どのような情動が起こったかをインプットした記憶のことです。これら非陳述記憶は、子どもの頃に得たものでもしっかり存在し、生涯消えることはありません。なぜ重要な記憶として蓄積されていくのかというと、生存のために必要だからです。生きていくためには身体の使い方の記憶は不可欠ですし、例えば情動のひとつである恐怖と関連した記憶は、二度と同じ目に遭わないよう、工夫するために必要です」
記憶の分類
新しいニューロンが古いニューロンを消去。
エピソード記憶のような、不要な記憶が消えていく理由は、新しい記憶を獲得するため。先に先生が話していたことを、さらに詳しくお聞きしました。
「先ほども少しお話ししましたが、脳には情報をやりとりするニューロンという神経細胞があります。その数は1000億とも言われ、それぞれが接続されて膨大なネットワークを築いています。情報が入るとそのネットワークに流れ、記憶として脳の中にファイルされていくわけです。1000億もの数があるニューロンですが、それだけでは次々に入ってくる情報に対応できません。そのため、新しいニューロンが作られることになります。その主な場所が、海馬という脳の器官。小指ほどの大きさの小さな器官で、スペースに限りがありますから、際限なく作るわけにはいきません。そのため、驚くべきことに新しいニューロンが、古いニューロンを消去しているのです。脳の重さは、わずか1・4キロほどしかありませんが、全身がとり入れる酸素やエネルギーの約20%を消費しています。はっきりとはわかりませんが、かなりの量のエネルギーが古い記憶を消去するために使われていると考えられています。先ほど、加齢によるもの忘れの話をしましたが、既存のニューロンの減少に加えて、この新しいニューロンが作られにくくなることも大きな理由です」
脳の容量にも限りがある。そう思うと、筆者は増えていくもの忘れに必死に抗う必要はないのかと、ちょっとホッとしました。